旧・田辺貞吉邸(武田薬品京都薬用植物園展示棟)外観篇:京都の近代建築№27。

武田薬品京都薬用植物園に関しては、以前に“ショクダイオオコンニャクの花”の話題をUPしました(こちらをご参照下さい)が、今回はその前に訪れた時の話題を。最初は、住友ゆかりの田辺貞吉(たなべ ていきち:注①参照)の旧邸=現・武田薬品京都薬用植物園展示棟の北側からの画像から。
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この旧・田辺貞吉邸は1995(平成7)年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で半壊し、取り壊されそうになっていたのを、建築学会等の保存要請を受け、武田薬品(工業株式会社)が譲り受けて移築したものです。
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上の画像は西南側から撮影したもので、左端が入り口。この洋風木造2階建て建築の設計者はこれまた住友ゆかりの野口孫市(のぐち まごいち:注②参照)という方。こちらが西に面した入り口。
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2階の窓の両側に見えるの曲線が特徴的ですが、柱・梁・筋交(すじかい)等の軸組を外に見せて、壁面を漆喰で埋めるこの工法はハーフティンバーていうんでしたっけ。さらに北側に回り込み…。
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2階の格子状の窓は上下スライド式のようです。次の画像は(2枚目の画像を除いて写っている)特徴的なフォルムの煙突の大写し。屋内には暖炉がありましたから、そのためのものですね。
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ハーフティンバーは、イギリス等の北ヨーロッパに見られる木造建築構造の1つですが、やはり寒い地域ですから暖炉は必需品なのでしょうね。そして、こちらが東側を建物を見た画像。
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屋根は瓦葺きですが、破風(はふ)も付けられておりますし、鬼瓦にあたる部分にとても特徴的で印象的な形の瓦がありました。鴟尾(しび)とは違うのですが。続けて2枚。
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次は東側の最も南寄りの部分。茶色い部分は、行者橋の好きなスレート(粘板岩・頁岩=けつがんの薄板で、屋根材等に使用します)かと思ったのですが、薄い木の板でした。
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白壁部分には、これまた独特な形の灯りが取り付けられていました。忘れていました!が、この旧・田辺貞吉邸は1908(明治41)年に竣功しています。いかにも時代を感じさせられるデザインです。
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この建物の移築保存用総工費=2億6000万円は、全額、武田薬品が負担したとか。当初は迎賓館に利用される予定だったようですが、現在は生薬等の展示棟となっており、内部も魅力的です。

注①:田辺貞吉(1847=弘化4年~1926=大正15年)
幕末、沼津藩士の長男として江戸で生まれ、明治・大正期に活躍した実業家。洋学を学んで、明治になってから文部省に勤め,、東京師範学校長にも就任。しかし、2年後に実業界に転じ、住友に入社。退職するまで住友財閥の幹部として活躍した。その後も関西財界の重鎮として共同火災保険・共同生命保険・京阪電気鉄道等の社長を歴任した。 武田薬品京都薬用植物園展示棟は、神戸市の甲南学園・初代理事長を引退した後の邸宅。

注②:野口孫市(1869=明治2年~1915=大正4年)
現・兵庫県姫路に生まれ、明治期に活躍した建築家。東京帝国大学工科大学造形学科に進学・卒業。逓信省に入ったが、31歳で住友家に招かれ、住友営繕(現・日建設計)に入社。住友銀行建築のため欧州を視察し住友銀行本店建築。住友家お抱え建築家として、住友関係の建築を多数設計。大阪府立図書館(現・大阪府立中之島図書館)・住友家須磨別邸・伊庭貞剛邸(現・住友活機園)等の他、心斎橋(陸橋として現存)も作品の1つ。

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