猪の寺院・禅居庵摩利支天堂。

猪の神社・護王神社に続いて、猪の寺院・禅居庵摩利支天堂のご紹介です。禅居庵は建仁寺の塔頭の1つで、摩利支天堂は建仁寺の西南隅にあります。今回も画像を多めに。まずは、こちらの画像から。
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禅居庵開山の大鑑禅師・清拙正澄(だいかんぜんじ せいせつしょうちょう)は中国・福建省福州の人で、1327(嘉暦2)年に京都に入った後、鎌倉の寺院に下り、1333(元弘3)年に建仁寺住持になります。
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上の画像は禅居庵摩利支天堂の門で、建仁寺南端を通る八坂通に面しています。なお、禅居庵の入口は建仁寺境内にあり、東を向いています。門をくぐると、摩利支天堂と通路の途中に1対の狛猪が見えてきます。
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こちらが向かって右にある“阿”形の狛猪(一応口が軽く開いています)。
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そして、こちらが向かって左の“吽”形の狛猪。両方とも、かなり鼻が尖っていて野性的です(笑)。足に巻かれているのは包帯では無く、お御籤なのですが、何故か、この1対の猪だけに巻かれています。
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続いては、摩利支天堂を右斜め前から撮ったもの。ここにも1対の狛猪が写っています。
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こちらが向かって右側の“阿”形。
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そして、左側の“吽”形。こちらの1対は体形が丸ポチャで可愛い感じがします。
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そして、丸いライトの陰で見難いのですが、摩利支天堂の破風屋根の下にも猪の彫刻があります。
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禅居庵は、最初、大鑑禅師が鎌倉・建長寺に作った隠居所で、後に南禅寺住持に迎えられていた大鑑禅師が建仁寺に戻った時に隠棲した塔頭です。次は、大和大路通側にある禅居庵入口。斜め前が京都ゑびす神社。
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上の画像は昨年末に撮影したものですが、「亥年」を前に急ピッチで塀の修理中(左に2人と中央に1人)。で、“摩利支尊天像”の提灯が。で、木の門の外の左右と通路の途中に狛猪が1対ずつ。
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次は門の外の向かって右の狛猪。“阿吽”の区別が余り明瞭では無いのですが、こちらが向かって右。
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そして、こちらがむかって左の狛猪。この1対は海豚(いるか)のような印象です。
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こちらは通路の途中、右側のの狛猪。かなり古い印象で、素材的には正面の通路の途中の狛猪と似た感じです。
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続いては、左側の狛猪。顎の下がチョッと剥がれています。確信はありませんが、材質的には凝灰岩(ぎょうかいがん)のように思えます。
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上の画像奥に屋根が見えますが、そこには次のブロンズ(青銅)製の猪像があり、そこには(お御籤を読んだ後の)“亥おみくじ”が沢山置かれています。最初の画像がその“亥おみくじ”です。
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ブロンズ(青銅)製の猪像は、護王神社同様、手水舎にも。色合いから言うと、鉄製かなとも思うのですが、一応、ブロンズ(青銅)製としておきます。
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臨済宗寺院の禅居庵に摩利支天堂があるのは、大鑑禅師が中国から摩利支天を将来して祀ったからです。摩利支天は3面6臂で7頭の猪に乘る姿で造形化されます。
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*上の画像はWikipediaから転載しています。
ご本尊は秘仏ですので、禅居庵では10月20日の開山毎歳忌の後、13時からのご開帳大祭のみで公開されます。こちらは絵馬。原画は建仁寺法堂(はっとう)の天井画「双龍図」を描いた小泉淳作画伯の手になるそうです。
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摩利支天は陽炎・威光を神格化した古代インドの女神が仏教の世界に取り込まれたもの。太陽や月の光線を意味する梵語・Marīcīが原語で、開運・勝利のご利益があるとされています。今年は賑わうことでしょう。

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