れいけん祭:粟田祭における神仏習合・その1@知恩院瓜生石前。

粟田祭では日本独特の宗教意識である「神仏習合」の祭事が2回あります。本日ご紹介するのは以前にもUPしたのですが、その1つ、夜渡り神事の中の「れいけん祭」です。最初は手ブレ画像ですが、粟田神社の神職によるお祓いの場面。手前には知恩院のお坊さんの列が…。
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神仏習合(神仏混交:こんこうは、奈良時代以降に神道(日本固有・土着の宗教)と仏教(外来の宗教)を融合・調和するために唱えられた考え方です。1868(明治元) 年に神仏判然令(神仏分離令) 発令以前は、普通の考え方でした。で、まずは瓜生石前の祭場に粟田神社の神職が着座します。
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写っている剣鉾は地蔵鉾と阿古陀鉾(瓜鉾)」です。18時20分少し前、知恩院黒門が開き、僧侶の皆様が石段を降りていらっしゃいます(次の画像右)。
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手前に知恩院の僧侶の皆様が、奥に粟田神社の神職の方々が並んで、祭事が始まります。
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祭事は、基本的に神事の手順(修祓・献餞等)に則って進みます。次は宮司一拝(ぐうじいっぱい)の場面。僧侶の皆様も起立・低頭です。
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次は、知恩院の僧侶による読経の場面。
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そして、次は粟田神社の宮司による祝詞奏上(のりとそうじょう)です。
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神職・僧侶・関係者(氏子の役員他)による玉串奉奠、撤饌(てっせん)と神事が一通り終了すると、幣を持った神職を先頭に僧侶の皆様が続き、その後に神職他一同が瓜生石の周辺を3回回ります。続けて4枚。
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その後、知恩院の僧侶の皆様が石段を登り、黒門の奥に向かわれます。最初に大写し。
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黒門(伏見城から移されたと伝えられています)が開き、その奥に僧侶の皆様が消えていかれると「れいけん祭」は終了です。
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なお、「れいけん」は「霊験」とも言われていますが、詳細は不明です。もう1つの「神仏習合」の祭事は普段は関係者しか見られないのですが、今年、超レア物!という感じ(笑)で拝見することができました。近いうちにUPする予定です。

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