節分の光景@吉田神社(本宮・菓祖神社・大元宮)。

節分の光景が続きます。第2弾は吉田神社。最初の画像はこちら。大元宮(だいげんぐう)に立てられていた「厄塚:やくづか」の上半分です。
2020.02.02節分あれこれ (47)吉田神社厄塚.JPG


2月2~4日の吉田神社の節分祭では、何と言っても2日18時からの追儺式(ついなしき:鬼やらい神事)が有名ですが、異常な人混みになるので、行者橋はこのところは敬遠しております。で、3日16時頃に出掛けたのですが、こんな感じでした。
2020.02.02節分あれこれ (28)吉田神社.JPG
上の画像は二の鳥居前の様子でしたが、次の石段前の鳥居までは露店が4列でズラッと並んでいます。次の画像左方向に本宮、右方向に菓祖神社・大元宮があります。
2020.02.02節分あれこれ (29)吉田神社.JPG
次は、3日23時からの火炉祭(かろさい)用の巨大な火炉が作られていました。火炉祭は参拝者が納めた古い神札等に宿る神霊が元の御座に還るよう浄火を点けて焼き納める儀式です。
2020.02.02節分あれこれ (32)吉田神社.JPG
続いては本宮に参拝する皆様の列。
2020.02.02節分あれこれ (36)吉田神社.JPG
上の画像の左側では、巫女さんの神楽舞が。
2020.02.02節分あれこれ (35)吉田神社.JPG
本宮の背中側に進むと菓祖神社(左)と大本宮(右)に続く道があります。
2020.02.02節分あれこれ (39)吉田神社.JPG
次が菓祖神社の社殿ですが、ここにこんなに多くの参拝者がいるのを見たのは初めてです(笑)。祭神は田道間守(たじまもり)と林浄因(りんじょういん)。
2020.02.02節分あれこれ (60)吉田神社.JPG
林浄因は饅頭の祖、田道間守は垂仁天皇に「非時香菓:ときじくのかくのみ」=タチバナ(橘)を求めるよう命じられ常世国に派遣された人物です。提灯の神紋が橘なのは、そのためでしょう。で、こちらは大元宮。
2020.02.02節分あれこれ (45)吉田神社.JPG
吉田神道(唯一神道)を創始した吉田兼倶が、1484(文明16)年に森羅万象の起源・宇宙の根元神である虚無太元尊神(そらなきおおもとみことかみ)を祀ったのが、大元宮です。本来は吉田神社の信仰の中心でした。
2020.02.02節分あれこれ (46)吉田神社.JPG
とてもユニークな形をした社殿で、周りには全天神地祇八百万大神の他、全国の神々を祀っています。ここには何度も来たことのある行者橋ですが、最初にUPした「厄塚」は初めて目にした気がします。
2020.02.02節分あれこれ (50)吉田神社.JPG
参拝者はこの龍を模したとも言われる「厄塚」に触って、厄神や心に潜む鬼を塚に封じ込めて社殿と繋がった注連縄で八百万の神々との感応を願い、1年健康を祈ります。ということで、最後はこちら。
2020.02.02節分あれこれ (40)吉田神社.JPG
大元宮に続く参道に、毎年出店する「松井酒造」の皆さんです。右端は社長、その隣はジョージさんです。外国人のジョージさんが蔵人として働いているのかという理由・詳細は15日に蔵元見学の時に伺えるでしょう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

narahimuro
2020年02月14日 10:10
行者橋様へ
 
写真のUP有難うございます。懐かしい吉田神社です。
学生時代には通学路にあたっていて、毎日、
社前を行き来していましたが、今は、京都に
出かける時に、たまに、立ち寄ることがあるだけです。
節分祭には蕎麦を注文し食べていました。
学生時代には、近づく事も無かった花見小路やそして宮川町が
今や、京都に出かける時の定番の散歩コースになってしまいました。
宮川町は、母の友人の元芸妓さんが三味線の師匠をされていたので、
時々、そのお宅に立ち寄っていましたが、芸舞妓さんの姿を見かける事は
あまり、有りませんでした。
母の友人の元芸妓さんの家は宮川筋の西側の路地の奥にあり、
古い京町屋が棟を接して立ち並んで、いかにも、花街の長屋
らしい雰囲気を感じられました、今は殺風景なビルに取って代わられました。最近には火災もあり、古くからの八百屋さんも無くなってしまいました。
行者橋 渡
2020年02月17日 07:31
narahimuro様、コメント有難うございます。お蕎麦は現在も毎年、お店が出ています。このところ、吉田神社の節分祭は鬼やらいが異常に混み合うので、2日は敬遠して人の少ない時間帯に行っております。

宮川筋の火災になった八百屋さんの跡は、今も更地のままですが、ひょっとしてホテル等に変わるかもしれませんね。