難読看板あれこれ。

京都の街をチャリチャリしていると、時々気になる看板に出くわします。1つは「漢字が難しいor読めるには読めるけど意味が不明の(仮)難読パターン」、もう1つは「漢字が草書体(達筆すぎ)or隷書体等で読めない(仮)達筆パターン」です。まずは以前にもチョッとふれたことがあるのですが、二条通木屋町西入ルにある「難読」看板から。
2020.02.02難読看板 (6)貝葉書院.JPG


〈ばいようしょいん〉と読みます。貝葉というのは貝多羅葉(ばいたらよう)の略称で、東南アジア・南アジアで椰子の葉の1種(ターラという植物)の葉っぱを加工して、紙の代用品とした物(用紙)です。経典を書くのに使われたので、経典事態も貝葉と呼ぶこともあるとか。
2020.02.02難読看板 (7)貝葉書院.JPG
上の画像がお店の様子ですが、左端に「大般若経版元」の文字が見えます。元々は1681(天和元)年に黄檗宗(おうばくしゅう)の僧侶・鉄眼(てつげん)により一切大蔵経を専門に摺る書店として開設され、現在も木版手摺りの禅学書籍や経典一般を扱っているとか。次はこちら。
2020.02.02難読看板 (16)彙文堂書荘.JPG
最初、店名は読めなかったのですが、左の「内藤虎題」はおそらく内藤虎次郎こと内藤湖南だろうと推測。邪馬台国論争史を卒業論文に選んだ行者橋としては、馴染みの東洋学者です。
2020.02.02難読看板 (13)彙文堂書荘.JPG
丸太町通寺町東入ルの〈いぶんどうしょそう〉で「彚」は語彙(ごい)の「彙」の異体字で、1907(明治40)年に開店した中国図書専門店だそうです。続いては、寺町通二条下ルの〈云艸堂〉。
2020.02.02難読看板 (28)芸艸堂.JPG
以前、別の話題でふれたことがあるのですが、これは〈うんそうどう〉と読みます。日本史好きなら、奈良末期の貴族・石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)の図書館「芸亭:うんてい」を思い出すことでしょう。次の画像左の看板には「UNSODO」とあります。
2020.02.02難読看板 (30)芸艸堂.JPG
「芸」の漢字は「藝」の略字として扱われ「げい」と読まれますが、本来は別の文字で、ミカン科の多年草あるいは草を刈る意味です。音読みは「云々」「雲:うん」を思い出せば、ご理解いただけると思います。で、こちらが「藝林荘」。
2020.02.02難読看板 (23)藝芸林荘.JPG
寺町通夷川(えびすがわ)上ルの〈げいりんそう〉で、撮影した日は閉店していました(外観画像は割愛)。題字を揮毫された方のお名前が読めません(笑)。次はこちら。
2020.02.02難読看板 (21)文苑堂.JPG
東京には茗荷谷(みょうがだに)・茗渓(めいけい)という地名があるので、行者橋、長い間、「文茗堂」だと勘違いして何と読むのだろうと思っていたのですが、「文苑堂」で〈ぶんえんどう〉でした。
2020.02.02難読看板 (20)文苑堂.JPG
「藝林荘」のさらに北ですが、寺町通夷川上ルになります。書道書専門のお店だそうですが、他の新刊本もありました。「文苑堂」からは「達筆」看板になるのですが、こちらは寺町通高辻下ルの数珠屋さんで、1764(明和元)年創業とか。
2020.01.29難読看板 (3)中野伊助.JPG
これは割合、読みやすい草書体なので行者橋も読めました(笑)。「中野伊助〈なかのいすけ〉」さんです。大きなお数珠がかかっているので、かなり目立つお店です。
2020.01.29難読看板 (2)中野伊助.JPG
続いては寺町通御池下ルの古書店。本能寺の前にあるので、見掛けたことのある方も多いと思います。辛うじて「竹苞書楼」だろうとは解読できるのですが…。
2020.02.02難読看板 (40)竹苞書楼.JPG
1751(寛延4)年に姉小路通寺町西入ルで創業。が、1788(天明8)年の大火で焼失し、1805(文化2)年に現在地に再建した後、「竹苞楼」を名乗ったそうです。見るからに由緒のある古書店という趣の外観はこちら。
2020.02.02難読看板 (39)竹苞書楼.JPG
実は、現在の建物は1864(元治元)年のどんどん焼け(禁門の変での大火)で焼失した後の物だとか。入口の柱に住所と「竹苞書楼 佐々木惣四郎」の文字の入った木札が。
2020.02.02難読看板 (42)竹苞書楼.JPG
うっかり、「竹苞書楼」の読みを忘れていました。店名は〈ちくほうしょろう〉です。「竹苞松茂:ちくほうしょうも」という新築の家が完成したことを祝う言葉があるそうですが、再建時のエピソードから考えるとそれに由来するものだろうと思います。

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この記事へのコメント

あらんちゃ
2020年02月09日 14:09
お数珠屋さんは、
中野伊…までは読めますが、最後は何でしょう?
行者橋 渡
2020年02月09日 17:05
あらんちゃ様、コメント有難うございます&失礼しました。コメントのご質問で店名を書き忘れていることに気付きました。中野伊助さんです。
あらんちゃ
2020年02月09日 21:13
ありがとうございます。
助ですか…書き順間違えちゃった〜みたいにすると読めますね(^^)
行者橋 渡
2020年02月10日 08:15
あらんちゃ様、確かに「助」の且の1番下の横棒が最期になっている感じですねぇ(笑)。そういえば、「野」も里の1番下が最後になっている印象ですね。
つき
2020年02月12日 20:12
面白かったです!私も日本史専修時代くずし字辞典片手にたくさん古文書読みましたが、もう忘れてしまったなー…
こういう看板の趣深いお店、いつまでもあってほしいですね…
行者橋 渡
2020年02月12日 20:37
つき様、コメント有難うございました。
そうだねぇ、学生さんの時は日本史を勉強してたんだよね。行者橋も、大学で古文書演習等で崩し字とか変体仮名とかを読んでいましたねぇ。書き手が変わると、字の癖が変わって読み難くなったり、読み易くなったりしたもんです。読み始めると、すぐになれるのですが、読めなくなるのも早いよね(笑)。

今回は寺町近辺が多かったのですが、西の方でも探して続篇をUPしたいと思います。かなり日にちが必要な印象ですが。