これはラジオ塔ではなく、噴水塔ではないのか…@御射山児童公園。

6月16日にUPした円山公園のラジオ塔に続いては、東洞院蛸薬師(ひがしのとういん・たこやくし)交差点の北東にある御射山(みさやま)児童公園のラジオ塔らしき塔のご紹介。いや、曖昧な表現なのは、本当にラジオ塔なのかと思わざるを得ない形状なのです。まずは、こちらの画像から。
2020.5.30 (8)御射山公園ラジオ塔.JPG


円山公園の記事で参考に挙げておいたWikipediaのラジオ塔一覧には、確かに「御射山児童公園(現存)」とあり、最初の画像と同じ物が掲載されています。次は蛸薬師通側(南側)から撮影した画像。
2020.5.30 (6)御射山公園ラジオ塔.JPG
御射山児童公園は大部分が御射山町に属し、全体の1/4程(蛸薬師通側の南西部)が泉正寺町に属しています。次は公園内から北側を撮影した画像。次の画像左奥は京都市男女共同参画センター(ウィングス京都)。
2019.01.24御射山神社ラジオ塔? (67).JPG
ちなみに、ウィングス京都の場所には1984(昭和59)年まで中京区役所がありました。なお、上の画像中央右奥は京都市立高倉小学校の校舎です。で、正直なところ、行者橋にはラジオ塔というより噴水塔に見えるのですが。
2020.5.30 (2)御射山公園ラジオ塔.JPG
下の部分には、水が溜まっても大丈夫な感じですし(笑)。皆様、如何ですか。次は塔の下部に見えるライオンの顔の大写し。口の奥は不明ですが、これは水の出口としか思えません(笑)。
2020.5.30 (4)御射山公園ラジオ塔.JPG
ぐるりと1周してみましたが、特にラジオ塔らしい由緒を記したプレートや説明等はありませんでした。上部は兜のようですが(笑)、開いている場所に放送設備を置いたのでしょうか。
2020.5.30 (3)御射山公園ラジオ塔.JPG
元々、この公園の場所は住宅地で、戦時中に中京区役所への戦災被害(延焼)を避けるために建物疎開が行われ、戦後に払い下げられ公園化したとか。その時にラジオ塔があったかは不明で、新たな塔を建てたとの未確認情報もあります。下は水が溜りそうですもんね。噴水塔説もありか!(*参照)。
2020.5.30 (5)御射山公園ラジオ塔.JPG
Wikipediaの注の1つには『ラジオ年鑑』に記載無しとあり、また別に2016(平成28)年2月26日付けの京都新聞に関連記事ありともあったのですが、共に未確認で確証無し。なお、この御射山の地名には、これはこれで面白い話があるのですが、取材が進めばそのうちに(笑)。

:詳細未確認ながら、このラジオ塔は、かつて日彰小学校(現・高倉小学校)の校庭にあったものを1989(平成元)年頃に学校の改築に伴い、御射山公園に移設し、さらに2007~2010(平成19~22)年に自転車駐輪場工事のため一時撤去。そして工事完了後に現在の復元されたラジオ塔に変わったという、NET上の記事も見掛けました。

蛇足:高倉小学校は、共に1993(平成5)年開校の高倉西小学校・高倉東小学を統合する形で1995(平成7)年4月に開校。しかし、高倉西小学校は本能・明倫・城巽の3小学校を、また、高倉東小学校は初音・日彰・生祥・立誠の4小学校を引き継いでおり、これらの7小学校は1989(明治2)年の番組小学校に由来します。従って、高倉小学校は北=三条通・御池通、南=四条通、東=鴨川西岸、西=堀川通という、京都中心部の広大な校区を有することになっています。

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