本当なら、今年の「明智光秀供養会」は結構な話題になったはずなのに…。

昨年8月、明智光秀供養会が白川の三条橋の少し南で開催された時(こちらをご参照下さい)、主催者の和菓子屋さん「餅寅」のお母さんが「来年は光秀の命日(6月14日:*参照)に行います」と仰ったのですが、今年は無理だろうなと思いつつ、念のため「明智光秀の塚」へチャリ。
2020.06.14光秀の首塚 (12).JPG


去年は11時から開催されたので、その少し前に「明智光秀の塚」に行くと、丁度、「餅寅」のお母さんが勝手口からお見えになり、お花を飾る気配。
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お母さんは格子を閉めたまま、「今日はお餅が少し大きめ」と仰りながらお供えのお餅とお水を入れ替えられた後、お持ちになったお花を外の筒に。
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「枇杷を前に置くと烏がつつくのよねぇ」と仰っていましたが、この黄色い花はオンシジウムでしたっけ。
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手前にある小石塔のお花も入れ替えて、最初の画像のように完了(上部の花は造花)。お母さんは「8月は暑いので6月に変更したのだけど、今年は無理よねぇ」と仰りながら丁寧にお参り。
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大河ドラマ『麒麟がくる』のこともあり、今年、予定通り供養会が行われたら、メディアやギャラリーも多く見えたのではないかと思うのですが、残念ながら中止。次は昨年もUPした桔梗を。
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明智家の家紋ですね。白い桔梗はまだ蕾でした。「餅寅」のお母さんは「元々、関係者が高齢なので暑い時期を避けたのにねぇ。新型コロナウイルスも高齢者には危険だし」と仰ってました。最後はこちら。
2018.09.15岡崎パレード  (108)餅寅.JPG
上の画像奥左に「明智光秀の塚」があります。右が「餅寅」さん。来年お見えになる方のための参考用画像です(笑)。来年の供養会開催を祈っております。

:明智光秀は天正10年6月13日(西暦1582年7月2日 )の深夜に亡くなったとされていますが、お母さんによると「西教寺さん(滋賀県大津市坂本)は6月14日としているようです」とのことでした。光秀の最期は諸説ありますので、まぁ14日でも可でしょう。

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